板倉弘重 国立健康・栄養研究所臨床栄養部長
高脂血症は血清脂質の増加した状態ですが,近年食事の形態が変わり,飽食時代を迎えていろいろなものを食べるようになりますと,多くの人々の血清脂質が高くなり,動脈硬化の進行という点で問題になってきております。
動脈硬化の危険因子としての高脂血症
高脂血症が動脈硬化のrisk factorとして注目されるのは,高脂血症に高血圧,糠尿病,肥満などが加わると,高率に心筋梗塞,脳梗塞,大動脈瘤,末梢動脈硬化症のような,いろいろな病気がひき起こされるということで,高齢化社会を迎えた現在,非常に大きな問題となっております。 また最近は,小児でもハンバーグとかスナック菓子など,高脂血症をひきおこしやすい食事を食べるようになり,高脂血症の子供がふえています。 飽食時代を迎え成人病の予防という点で,高脂血症が治療すべき重要な疾患として取り上げられております。
高脂血症といいますと,コレステロールがふえているということと,中性脂肪がふえている状態がまず問題になります。これをリポ蛋白の形でみますと.LDLコレステロールがふえていたり,あるいは食後に血液中に出現してくるカイロマイクロンと呼ばれる中性脂肪の多いリポ蛋白がいつまでも血中ふえている状態もあります。もう1つ問組になるのは,善玉コレステロールとよくいわれているようなHDLコレステロールが減少している状態があげられます。 近年,医学研究の進歩で, リポ蛋白の代謝などがわかるようになり,高脂血症の治療も,血清脂質だけでなく, リポ蛋白の状態など血清の状態を詳しく調べて治療しようという方向になっております。
従来から動脈硬化の診断としては,痛みやめまい,あるいはしびれ,心臓が苦しいなどの自覚症状とか,コレステロールがたまった時に表れる黄色腫といったものを目安に治療することもありますが,高脂血症で最も重要なことは,血清脂質レベルがどうなったかということで治療していくことです。そうしますと,古くから伝わっている漢方は直接血清脂質が測れる状態の時代に進歩したものではないので,高脂血症には漢方は合わないのではないかという先生方もいらっしゃいますが,動脈硬化は年をとり,老化していくとほとんどの人が起こす病態であり,動脈硬化は東洋医学でも当然その範暗に入るべき病態だろうと息われます。
高脂血症の食事療法
動脈硬化の予防を考える上に,高脂血症はどうしても対応していかなければならない病態ですが,中でも重要なのは食事療法であります。高脂血症の原因はいろいろあり,体質素因,食事などいろいろなことで起こりますが,いずれのタイプでも食事は大きく影響しており,食事に気をつけることによって,体質素因による高脂血症でも,食事性高脂血症はもちろんのこと,いろいろなタイプのものが改善していきます。
食餌の中でも,大量に摂取して血清脂質を下げるものとして食物繊維のようなものがありますが,また非常に微量で効果のあるような食餌性因子もあります。最近1つ注目されているのは,天然にあるカビ(酵母)からとった薬(メバロチン)で,非常に微量で強力にコレステロールを下げる作用がみつかってきております。そのほか, 食物の中にはいろいろなコレステロールを下げる成分のあることもわかっておりますし,また種々のビタミン類.ミネラル類も血清脂質に影響することもわかっております。そういったことで天然の素材の中に血清脂質に影響を及ぼすものが存在することは確かでありますし,そういう素材をうまく組み合わせて,病気の予防と治療にもっていくということは,非常に合理的なことであるし,望ましいことだろうと思います。
近年いろいろな高脂血症の薬が開発されてきました。そしてそれぞれがまた特徴を持っております。高脂血症の治療を考えていく場合には,このような西洋薬と漢方薬を組み合わせて,適切な治療を考えていかなければいけないと思います。
高脂血症を治療していく第一は,先ほども申しましたように食事療法に気をつけることであり,まったく食事療法をしないで,いきなり薬物療法というのは考えものであります。場合によっては薬物による副作用も起こりかねない状態だろうと思います。食事療法の1つの方法としては,全体のカロリーの量に気をつけることで,肥満していますとそれによって高脂血症がよくひき起こされますが,そういう場合にたくさん食べて肥満をさらに増強しながら, その上で薬を使うというのは,本来の体の代謝を考えた場合に,必ずしも好ましいことではありません。 病気の予防という場合は,その人の体質に見合った適切な方法を考えていきます。肥満している場合には,体重をある程度減量する方向で食事に気をつけ,それが病的な肥満であれば内臓機能の改善など根本的な治療も必要になります。高脂血症の治療では,この肥満に対する対策が根本的にまず第一に必要です。肥満によって時代謝が変化してくることがあります。
耐糠能が低下した場合には高脂血症がおこりやすくなっており,これに対して運動療法,あるいは食事からとられるカロリーを減量することで肥満が防がれ,耐糖能も改善します。 従来の漢方薬の中にも,こういうものに使われる薬剤も存在します。血清脂質そのものを治療の目標にしなくても,こういう肥満体質に対する漢方治療も重要な方法のlつであり,その薬の1つに防風通聖散があります。また太り気味の人に対する薬剤としては大柴胡湯が使われます。このように全身の状態をよくしながら高脂血症を予防していくというのも,大事な方法の1つであります。 次に高脂血症の食事療法として脂肪酸の問題があります。魚の脂、あるいは植物の油には,ある程度コレステロールを下げる作用があります。その場合は,ただ魚の脂だけを食べるのではなく,魚も食べたり肉も食べたり,植物性食品の全体を食べますので,総合的な栄養の状態を考慮、していかなければいけません。そういう時に漢方では天然の素材にある植物性のものがよく使われていて,こういうものも組み合わせることによって,消化機能,肝臓機能の代謝をよくし,その上で高脂血症の状態の体質を治していこうという行き方もあるだろうと思います。
植物性の油の中には,コレステロール吸収を抑制するようなβーシトステロールというものがありますが,そういうものを主成分とした漢方薬の素材も存在しております。実際に漢方薬の有効成分がいくつかわかってきておりますが,漢方薬を方剤として使用する場合には,総合的な効果も十分期待できるので,天然素材の有効成分と,従来から行われてきた方剤の効果とを組み合わせて,これからの漢方治療のやり方をいろいろ新しく考えていかなければいけないと思います。
現在私たちが用いている薬剤は,従来から使われている方剤を体質に応じて組み合わせております。その場合に漢方薬のみを選択するか,あるいは西洋薬を含めて選択するか,その時の状態に応じて考えていかなければいけないのですが,私は今まで西洋医学を学び,漢方薬にも非常に興味を持って,同時に漢方医学も勉強しております。高脂血症の患者をみた場合に,高脂血症の程度が高度の状態で,さらに動脈硬化のリスクが高く強力にコレステロールを下げなければならない状態の時には,今申しました食事療法を考えながら,早期に薬物療法に入ることもあります。
高脂血症の現代薬物療法
現代薬物療法として,コレステロールが高い状態の治療に使われるものに,コレステロール吸収阻害剤があります。これは胆汁酸を吸着してコレステロールの吸収を抑えるような薬剤です。このような薬剤は,そのもの自体は体に吸収されませんので副作用はある程度少ないと考えられますが,同時に脂溶性のビタミンとかその他のものを吸着して,吸収を抑制することもありますので,このようなものを使っている場合に,副作用として体に必要なもので吸収を阻害されると思われるものに対する対策も必要になってきます。
一般に漢方薬の場合には,ある1つの成分だけが大量に入っているということはありませんので,そういう意味では比較的副作用は少ないと考えられますし,それを適切に用いることによって,ある程度吸収を抑えるということを期待できる場合もあるだろうと思います。 そのほか腸管には腸内細菌といわれるものがあり,体にいろいろと影響を及ぼします。たとえば食物繊維の場合も腸内細菌がそれを分解することもありますし,腸内細菌が経口摂取した物質を発酵して,それが小さい分子として吸収され,効果を得ることもあります。漢方薬の中でも,腸内細菌によって二次的に変わって吸収され,効果のあるものも存在するかもしれません。そういうことはこれから研究すべき課題だろうと思いますし,興味のある問題であります。 同時に体の中のコレステロールを排泄することも非常に大事であります。 利胆剤といわれるものなどで胆汁分泌機構を賦活させることは,コレステロールを異化し,排泄する経路として非常に大事であります。この利胆作用を持っている物質も,高コレステロール血症の治療薬に含めています。降コレステロール薬と呼ばれる薬剤と,これを組み合わせることも意味があると考えています。漢方薬の中には利胆作用を有するものや,あるいは肝機能をよくしようという薬剤もありますので.こういうものを高脂血症患者にうまく取り入れていくことも意味があることだろうと思います。
私たちは年をとるとコレステロールがだんだん上がってきます。
その機序の1つとして,コレステロールの肝臓への取り込みがだんだん低下していくということがあります。そのために年をとってきてコレステロールが上がり,高脂血症になるということでありますが,漢方薬で肝機能をよくするような薬,たとえは小柴胡湯などが,肝臓の機能を高め,うまく利胆作用を補うことによって,コレステロールの異化過程の促進を期待できることも考えられます。
漢方薬では,そのほかに肝臓の薬としていくつかありますので,うまく体質に合った場合には効果が期待できるだろうと思います。動脈硬化の進行と高脂血症に関して,最近の大きなトピックの1つに悪玉コレステロールと呼ばれるLDLが増えた状態があります。そのLDLが化学的に修飾される,あるいは変性を受けると,動脈硬化の大きな原因の1つになりますので,変性LDLを防ぐということが大事になってきております。LDLが変性しますとマクロファージに取り込まれて,そのマクロファージが血管壁にたまって泡沫細胞となり,アテローム形成をしてきますので,マクロファージの機能色動脈硬化にならないような形でうまく助けるということも必要な方法であります。このようにLDLの酸化を防ぐなど. LDLの変性を防ぐという治療も必要であります。天然にはビタミンEとかビタミンB群に抗酸化作用を持つものが自然界に存在していますし漢方薬でこういう抗酸化作用を持つようなものも,高脂血症の治療に考えてよい薬剤であります。
高脂血症の漢方治療
私たちは最近大柴胡湯を高脂血症の患者に用いておりますが,高脂血症患者は比較的太った人が多く,大柴胡湯によく反応する方がありますので,そういう人に用いて治療しております。最近大柴胡湯を用いて,血清の過酸化脂質がどのようになっているかを調べましたが,多くの人で過酸化脂質が下がっております。すなわち大柴胡湯による過酸化脂質の抑制がみられたので,変性LDLの制御としても大柴胡湯が有効ではないかと思われます。
高脂血症の治擦に西洋薬を用いる場合でも,大柴胡湯を併用する治療法も考えてよいのではないかと思います。 LDLが変性するということが動脈硬化にとって問題になりますので,変性を防ぐという意味で,末梢の循環をよくすることも必要だろうと思います。うっ血したり,血行障害を起こしますと.LDLが末梢にある程度たまるような状況が起こることが考えられますが,そういう状態ではよけい変性しやすいかもしれません。うっ血を取り,末梢循環をよくしてあげることも必要だろうと思いますので,うっ血を取るような漢方治療法も十分治療に用いてよいと思います。
私どもは大柴胡湯以外では八味地黄丸、三黄瀉心湯などで漢方治療も行っております。これまで中年すぎの人,あるいは高齢者にもっぱら八味地黄丸を用いてそのデータをまとめて,以前報告したことがあります。動脈硬化を促進するLDLを構成するアポ蛋白にアポBがありますが,このアポBを低下させ,同時にLDLを低下させる,さらに体内に蓄積されたコレステロールを取り除く,いわゆる逆転送系に関与しているアポA-Iを高める作用がみられました。おそらく末梢のうっ血時にはアポA-Iによる肝臓へのコレステロールの転送系の機能が低下しているだろうと思いますので,その働きを助けるよう薬剤は好ましいと思います。こういう場合には,八味地黄丸は有効な薬剤だろうと思って使っております。 三黄瀉心湯を用いて治療したことがありますが,その場合に私どもは小柴胡湯と三黄瀉心湯の併用を試みました。小柴胡湯ではある程度肝機能をよくすることが知られておりますし, 三黄瀉心湯では脳梗塞とか高血圧に伴う随伴症状に対しでも,好ましい効果が認められております。したがってこの両者を併用することによって,高脂血症の治療にある程度有効ではないかと考えて併用療法を行い,十数例をまとめて報告したことがあります。その場合でも併用によってアポA-Iの増加がみられ,アポBの減少が認められました。高脂血症に対する治療法としても有効な方法だろうと考えて,現在でも時々併用を行っております。
併用療法と選択的治療
高脂血症の治療の場合に,こういう漢方治療法が食事療法と並んで基礎的なものとなりうるのですが,漢方療法だけではもちろん治しきれないような強い高脂血症があります。そういう場合には西洋薬だけで治療することもありますが,いろいろな作用機序の異なる薬剤を併用することがあります。
とくに心筋梗塞など動脈硬化が進行している場合は,いろいろな薬剤の併用が必要になってまいります。 まずコレステロールが非常に高くて,冠動脈硬化がすでにはっきり現れているような場合には,優先的にLDLコレステロールを低下させなければならず,しかも短時間に作用する薬剤が必要になります。そういうことで,現在市販されている強力なコレステロール低下剤である,コレスチラミン,プロブコール,プラパスタチンなどを併用しますが,ある程度心筋梗塞が発症する前の状態では,急激にコレステロールを下げる必要のない場合もありますし,高齢者では極端にコレステロールを下げない方がよい場合もありますので,そういう場合には漢方療法を考えてよいだろうと思います。 先ほど大柴胡湯による治療のことなどお話ししましたが,私たちが大柴胡湯を使って治療していきますと, 3カ月以上6カ月くらいしてから効果が出て下がってくる例もあります。西洋薬の場合ですと,大体2週間から1カ月でほぼ効果がみられ, 3カ月くらいになりますと,むしろややリバウンドのような形で少し下がったのがまたちょっと上昇する傾向がありますが,漢方薬の場合に効果のある例では3カ月くらいから下がり出して6カ月でさらに下がるというように,ゆっくりと下がってくる例も経験されますので,高脂血症を治すための時期がどれくらい緊急度を要するかということを考えて,漢方療法を選択していかなければならないだろうと思います。 コレステロールが400以上とかいうような高い例では強力に下げることが必要になります。コレステロールが220以上を高脂血症としておりますが, 220-250, 260のあたりに分布する人は非常に大勢いまして,それに対する対策をどうするかということが問題になります。その場合,動脈硬化 のリスクの程度は様々です。高血圧や肥満とか,動脈硬化の家族歴とか糖尿病などいろいろ合併している場合には, 当然治療していかなければなりません。
これらの病態に応じて比較的マイルドな薬剤.食事療法,漢方療法から,さらに強力な降コレステロール剤など症例に応じて選択していかなければいけません。 また同時に全身状態を考えて薬剤を選んでいくことが必要で,今取り上げました薬剤以外にも,動脈硬化に効果があるとされているいくつかの薬剤があります。漢方薬も対象症例の体質に応じて選択していってよいのではないかと思います。 二次性の高脂血症として,甲状腺機能低下症などいろいろな疾病もありますので,その場合には,その基本的な治療も行っていかなければなりません。このように患者個々人の全身状態をよく考えながら,総合的に治療していくことが,高脂血症の治療にとっても大事であろうと考えております。
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