藤井美樹 藤井診療所所長(日本東洋医学会評議員)
本円は糖尿病の漢方治療についてお話しいたします。ご存知のように,糖尿病は慢性の経過をとりまして,非常に厄介な病気であります。 糖尿病の歴史をみてみますと,この病気はずいぶん昔からあったと記載されております。喉が乾いて,たくさん水分をとり,小水をたくさん出して,だんだん体が痩せていく,そして小水に蟻などがたかってくるというふうな病気でありました。以後だんだんと研究が進み,糖尿病は膵臓の病気であり,その中のランゲルハンス島から分泌されるインスリンの分泌異常である,あるいはその後の研究によって,インスリンの分泌はよいが,そのインスリンの作用機構の中に何らかの障害があって糖尿病になるというふうに考えられてきております。そして甘い蜜のような小便が出るということで,diabetes mellitusといわれております。
糖尿病治療の原則
何といっても糖尿病は検査によっていろいろな状態がわかりますし,また治療の上では,大変大事な食事療法,運動療法ということもありまして,時々の検査が必要であります。とくによく知られているのは,過食して肥満になる,運動が不足するというようなことが,発病を助ける誘因として注目されております。 ご承知のように,現在糖尿病は,まず大きく2つに分かれています。第I型はインスリンに依存する糖尿病,インスリン依存型糖尿病です。第II型はインスリン非依存型の糖尿病でありまして.そのほかに特定な疾患,たとえば膵臓の病気とか.あるいは他の内分泌腺の障害などによって起こる糖尿病があります。実際は,第II型が一番多く,これが大体90%くらいであります。第I型は昔は小児糖尿病とか,若年性糖尿病とかいわれたものでありますが,その後の研究により,年紛に関係なく出てくるということもあって,現在はそういう呼称が改められ,今申し上げましたようにインスリン依存型といわれております。糖尿病には,かなりなりやすい素因というものがあって,そういう素因を持った人が,先ほど申しましたような過食とか肥満,運動不足,精神的ストレスなどの何らかの誘因によって発症するというふうに現在は考えられております。
糖尿病に対する漢方の役割
現代医療の中で,いろいろと糖尿病の治療が行われております。この病気は,まず患者さんに病気に対する認識をしっかりと持ってもらうということ,自分の健康管理をする意味で,その人その人によって正しい食事療法を守っていくということ,時々検査をして,病気の状態をみていくということで,最近では,この糖尿病というのは教育と検査の病気であるといわれております。したがって,現代医学の診断,治療を抜きにして,糖尿病治療ということは考えられないのであります。 では漢方の治療の出番はどういうことかと申しますと,まず漢方の歴史の中で,この病気は昔は消渇「しょうかち」あるいは「しょうかつ」といった病気が,この中に入ると思います。消渇の本来の意味は,喉がひどく乾いて,水を飲んでも,その水分が体の中に消えてしまって,尿の出の少ないことをいったのですが,後にはこの糖尿病のことを消渇というようになったのであります。
それではどういう点で,現代医療の中に漢方治療が登場できるかといいますと,まず軽い糖尿病で,食事療法,運動療法だけで治療を行っているものに対しては,漢方治療が有効であります。中等症以上のものに対しては,やはり専門家の治療を受けながら,場合によっては漢方療法を併用するというのがよろしいと思います。そのようにすることによって,患者の自覚症状が軽減されて,全体的に経過がよいということを,日常の臨床で経験しております。
とくに検査データがかなりよくなってきても,患者の自覚症状がなかなかとれにくいということがあります。たとえば体がだるい,足のカが抜けたようだ,足のしびれ感や痛みがある,感覚がわかりにくくなってくるなど,糖尿病の合併症としてよく知られている糖尿病性末梢神経障害とか,あるいは皮膚掻痒症といって糖尿病のために体がものすごく痒いとか,皮膚に感染を起こしてあちこちが化膿するというような症状が出ている場合には,漢方治療を加えますとかなりよい効果がみられます。
ごく初期の糖尿病の人に漢方治療は非常によいわけですが, しかし,病気の勢いが進んで非常に表弱して体力が落ちたという場合にも,漢方薬を併用しますと,かなり体力がついて,あるいは少しずつ食欲が出るようになり,何となくからだ全体の倦怠感がとれてくるというようなことがみられます。漢方治療の場合にどのような薬方を選ぶかといいますと,これはほかの病気の漢方治療の場合と同じで,まずその患者の体質,自覚症状,病気の勢い, 漢方としての診察によるいろいろな他覚所見といったものによって,経験的に知られている薬方を選んで,その患者に使います。
糖尿病の頻用処方
よく使われている処方をいくつかあげてみます。一番よく使われるのは八味地黄丸です。これは地黄丸という言葉があるように地黄、新陳代謝を高める附子ほか6つの生薬が入っており,合計8つで八味地黄丸または八味腎気丸といいます。
腎気とは腎の機能で,この場合は単なる腎臓そのものだけではなく,腎臓を含めて副腎,泌尿,生殖器系統の働きを全部ひっくるめて腎気といい,その機能が低下した時に有効であります。
したがって八味腎気丸という名前がついているわけであります。八味腎気丸は『金匱要略』という古典の中に「男子の消渇,反って尿の多いものは腎気丸これを主る」と出ております。
消渇でしたら,ふつうは先ほど申しましたように,たくさん水を飲んでいるけれども,なかなか小便の出が少ないというのですが,かえって小便がたくさん出る, つまり口渇が激しくて,多飲で多尿であるということがその当時観察され,この病気に対して腎気丸が使われているわけです。
中に含まれる附子は,強心,利尿,鎮痛作用,新陳代謝亢進作用があり.アコニチンおよびその誘導体を含んでおります。現在ではその毒性をうまく除いた加工附子がよく使われております。地黄は強壮,補血作用があります。牡丹皮は瘀血を除く働きがあります。そのほか利尿作用,滋養強壮作用のある生薬が含まれていて,全部で8種類になっているわけです。
この使用目標は, 自覚症状としては腰から下にかけてカが抜けている,何となく膝ががくがくする,足元がふらつく,足の裏がほてりやすい,喉が乾くというようなことがあります。それから小便が出にくい場合にも用いますし,非常に疲れやすくてすぐ腰が痛くなるというような場合にもこれを使います。他党所見としては,おなかをみますと下腹が少腹不仁といって力が抜けている場合と,臍から下の腹直筋が非常に突っ張っている,つまり少腹拘急の場合があります。
大事なことは,この八味丸が使える人は「飲食故の如し」といって,食欲はあまり変わりないのです。ですから食欲があまりなくて,すぐ下痢をするというようなタイプの人には,地黄がさわってうまく使えないということがあります。それから使っていて,ちょっと胃が重くなったような場合には, 人参湯と交互に服用するとよい場合がありますい場合によっては八味丸に人参を加えて使うということがあります。それから足がむくんできている場合にも使うことがありますし,そのほか老人性白内障,前立腺肥大,坐骨神経痛などに使われることはよく知られております。八味丸を使いますと,かなり体がしっかりしてきて,元気が出てくるということがみられます。
八味丸に牛膝と車前子を加えた牛車腎気丸が最近注目されてきております。糖尿病は合併症が一番怖いのですが,その中でも三大合併症の1つである神経障害に対して,この牛車腎気丸がよいというデータがあります。 これは名古屋大学佐藤祐造教授を代表とする大病院臨床研究データで,ビタミンB12との治療比較をされたわけですが,かなり牛車腎気丸のエキス製剤がよい成績であったと報告されております。
このように,漢方薬が有効であるということの裏づけが出てくるということは,漢方をやっている 者にとっては大変嬉しい研究報告であります。
次に白虎加人参湯です。これは軽症の糖尿病で,初期であって,体力があって,喉がかなり激しく乾く(煩渇)という場合に使います。白虎湯には石膏が入っていて,熱性というか体に熱を持っているタイプで,体液がだんだん乾燥してきた場合に,それを潤す意味で人参が入っております。また皮膚掻痒症の強い糖尿病の場合にも,この白虎加人参湯が応じる場合があります。 次は大柴胡湯を使う場合があります。大柴胡湯は,体絡ががっちりしていて腹カがあり,おなかをみますと胸脇苦満,つまり季肋下から胸の方に指を押し上げるようにすると,かなり抵抗と圧痛があるタイプの人で糖尿病がある場合に使います。そうすると自覚症状がとれてきて,場合によっては糖の出方も少なくなってくることがあります。また大柴胡湯を使っているうちに元気が出てきて,場合によっては糖尿病によるインポテンツが治るというような例がみられることもあります。
大柴胡湯よりもう少し虚しているというか,中等度の腹カを持っている人にう小柴胡湯を使う場合もあります。あるいは大柴胡湯の場合にも,小柴胡湯の場合にも地黄を少し加える場合があります。
これは私は大塚敬節先生に習って使うわけですが,地黄の中には血糖によい効果を及ぽすものが あるという説もありまして,加えてみると場合によってはよいようであります。
次は防風通聖散という体質改善の薬方があります。腹がビール樽のように膨満しており, 体に病毒が充満しているようなタイプの人に長く使っておりますと,体質が改善されてだんだん糖も出なくなります。これは胸脇苦満がありません。大柴胡湯との区別はそのへんでしますが,実際には区別しにくい場合には,大柴胡湯と防風通聖散を合方するということもあります。
次は炙甘草湯で,これはかなり体が衰えて,心臓の動悸,息切れがある糖尿病の患者に使う場合があります。
また麦門冬飲子というのを使うことがあります。今は少なくなりましたが,昔は糖尿病の人で結核を患っている人があって,なかなか治りにくいものでしたが,体がだんだん衰えてきて,咳や痰がとれない場合に麦門冬飲子を使う場合があります。
四君子湯という処方があります。糖尿病の進行が著しし全身衰弱が甚だしくて,食欲不振,貧血,下肢の浮腫がみられる場合に,この四君子湯を与えますと,全体的に何となく力がついて食欲も少し出て,貧血も少しずつ回復してくるというようなことがみられます。
糖尿病の合併症として,前述の神経障害のほかに細小血管障害(網膜症,腎症など),感染症にかかりやすい,また大きな血管障害として高血圧,狭心症,心筋梗塞,脳梗塞といったものがあり,これらの合併症が糖尿病には一番怖いのであります。糖尿病は,この合併症をいかに予防するか,あるいは不幸にして合併症が出た場合は,いかにその進展を遅くさせるかということが, 一番の治療の眼目であります。
そういう場合に漢方の駆瘀血剤を併用するとか,またいろいろ全身的に機能を高めるようにしていくということは大事であり,その場合に漢方は非常にカを貸してくれるし,カを出してくれるのではないかと思います。
症例呈示
八味地黄丸の有効例
症例を申し上げます。大塚敬節先生の症例です。 「59歳の婦人。数年前から糖尿病にかかっており,病院の治療を受けたがなかなか治らない。全身がだるくて力が抜けたようで,右の肩から上膊にかけて神経痛様の痛みがある。口渇がひどくて小便が多く,とくに夜間睡眠が妨げられるという。舌をみると赤くて乳頭が少なし足の裏がだるくてほてる。時々めまいがあって乗り物に弱い。そこで八味地黄丸を1週間投与したところ,全身に元気がついて爽快である。60日間でほとんど自覚症状はとれた。しかし検尿ではまだ糖は全然とれていない」
というものです。検尿してみると糖は相変わらず出ていても,この例のように非常に全身的に元気になってくるという例が,漢方ではかなりみられます。
小柴胡湯加地黄の有効例
次は私の患者さんの例です。大正13年生まれの主婦。10何年来の糖尿病があり,血糖値もかなり高いし,グリコヘモグロビンも高く,空腹時血糖値が198(治療開始時の数値)でした。風邪をひきやすく,すぐ肩が凝る,おなかをみると小柴胡湯のタイプでしたので,小柴胡湯に地黄を加えて,人 参は御種人參を使っております。だんだん調子がよくなり,最近は空腹時血糖値は正常になり,ほとんどかぜもひきません。ただグリコヘモグロビンが9.0%で, 6-7%が望ましいので少し高いのですが,本人は非常に顔の色つやがよくなりましたし,体全体が元気になってきております。今も引き続き小柴胡湯加地黄を使っている症例です。
十全大補湯加釣藤の有効例
次の症例は私の中学時代の友人でありまして,若い時に結核をやり,胸郭整形術を受けました。その後糖尿病になり,高血圧が続き,ずっと治療を受けておりましたが,途中から漢方の治療を希望されて今も引き続き治療しております。高血圧はなかなか下がらず,そのうち眼底出血をして,今はかろうじてひどくならずにすんでおりますが,いろいろとストレスを受けて非常に体が弱りましたので,ある時点から十全大補湯に釣藤を加えて今日に至っております。大変体の調子がよくなりまして,時々病院で検査を受けておりますが,蛋白も出ておりますが,腎機能はそれほどひどく侵されておりません。時々眼底もみておりますが,その後は出血はないようであります。最近では, 自宅で朝テステープで検尿しますと全く陰性でありまして,何とかコントロールされているというふうに考えております。 引き続き十全大補湯に釣藤を加えて治療経過をみております。 このようなわけで,その人によって, 糖尿病を持っている患者さんの体質,病状,病気の状態によって,それぞれの漢方薬を使って,場合によっては現代医薬と併用して様子をみていしそして合併症がひどくならないように治療経過をみていくというのは,現代の医療では大事ではないかと思います。
大柴胡湯の有効例
もう1例症例を申しあげます。これはある地方の公務員で, 体ががっちりとして血色もよいのですが,非常に体が疲れて腰が痛く,勤めから帰るとうつ伏せになって,子供に腰に乗って踏んでもらうと,ようやくよくなるという状態で,漢方の治療を希望して来られました。典型的な大柴胡湯の腹証をしており,便秘がちで喉が乾き, 検尿すると糖がたくさん出ておりました。それで食事の注意をして大柴胡湯を出しましたところ,これが見事に効いて体がだんだん軽くなり, もう子供さんに腰を踏んでもらう必要もなくなりましたし,高かった血圧も下がって,糖もだんだん少なくなりました。
もう1つ本人が喜ばれたのは,インポテンツがあったのですが,大柴胡湯を使うことによってインポテンツが治ってきたということであります。 これは私が大柴胡湯でインポテンツを治した第1例目であります。先人の経験例の中には出ておりましたが,初めて大柴胡湯によってそれがよくなるという例があることを経験いたしました。これは貴重な経験でありました。その後,体の疲労度がうんと少なくなって,仕事をどんどん進められるようになり,その患者さんを紹介された友人から,「もう役所では.部下からうるさがられるくらい仕事を次々と出すようになった」というふうなことを聞いております。大柴胡湯が非常によく効いた症例であります。
以上, 4例の糖尿病の症例を申しあげましたが,あとつけ加えますと,糖尿病に合併してfurunculosis,つまりあちこちが化膿する皮膚疾患を持った糖尿病の人がありますが,その場合に十味敗毒湯を使いますと,体質が改善されて,ほとんど皮膚が化膿しなくなります。十味敗毒湯はこういう場合に非常によく効きます。また場合によっては筋炎などを起こしている時に十味敗毒湯を続服しますと,非常によくなってきます。 以上,現代における糖尿病の漢方治療ということを申し上げましたが,何といっても現代医学の治療,診断が基準でありますが,そのほかに漢方の特色としての全身機能を高めて,少しでも体力をつけて,いまわしい合併症の予防,それから進展を食い止めるというようなことができれば,そういうことに対して漢方薬はカを貸してくれるのではないかと思います。 つまり,一病を持ちながら何とか元気で過ごすことのために,漢方は役立ってくれるのではないかと思っております。
参考文献
1 )佐藤祐造,他:糖尿病性神経障害に対する東洋医学的治療(第2報)一一牛車腎気丸とメコバラミンとの比較.和漢医薬学誌, 2: 580, 1985
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