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執筆者の写真Nakamura Mineo

傷寒論解説(6)~桂枝湯・桂枝加葛根湯~



札幌 漢方 中村薬局 傷寒論 不妊症 婦人科

大塚 恭男 北里研究所附属東洋医学総合研究所所長

桂枝湯・桂枝加葛根湯

本日は『宋版傷寒論』の桂枝湯と桂枝加葛根湯についてお話しいたします。

桂枝湯 桂枝湯は『傷寒論』の最初に出てくるきわめて大事な基本的な処方です。 早速条文を紹介します。 「太陽の中風、陽浮にして陰弱、陽浮なるものは、熱自ずから発し、陰弱なるものは、汗自ずから出ず、嗇嗇悪寒し、淅淅悪風し、翕翕発熱し、鼻鳴乾幅嘔るものは、桂枝湯これを主る」と非常にむずかしいのですが、最初から解説します。 「太陽の中風」とは、『傷寒論』では陽病と陰病に分けて傷寒という感染症の説明をしているわけですが、その中の陽病の最初の段階を太陽病と呼んでいます。中風とは感染症ですが、その中の激症でない方を風邪に相当する中風といっています。ですから感染症のごく初期の状態であって、「陽浮にして陰弱」という非常にむずかしい言葉ですが、漢方では脈を非常に重視します。脈をとる時に表層の脈というか、これは生体の体表部分を反映するというふうに思われますが、ちょっと押しただけで触れる脈を陽脈といい、少し強く押さ えた時に触れる脈を陰脈といいます。ですから陽脈が浮いていて、陰脈は弱いということです。 「陽浮なるものは熱白から発し」陽脈が浮いているものは自然に熱が出て、「陰弱なるものは汗自ずから出ず」陰脈が弱いものは自然に汗が出るということです。

 『傷寒論』の中には今でいう発汗剤というものがあって、それで汗が出る場合と、発汗剤を使わないのに自然に汗が出る場合を区別しています。この場合は後者です。「汗自ずから出ず」というのは、どちらかというと体質の弱い人で、ジワジワと汗が自然に浸み出てくるというように理解してよいと思うのですが、熱が出て汗をじっとりとかくという状態です。 「嗇嗇悪寒」これは悪寒の形容で、「淅々悪風」は悪風の形容です。ここで悪寒と悪風という言葉が出てきますが、悪寒は今でも使う言葉で、悪寒戦慄などといいますのでご了解いただけると思いますが、悪寒の軽いものが悪風です。寒い環境でなくても寒い寒いというのが悪寒で、寒を憎むといような言葉ですが、たくさん布団を掛けていてもゾクゾク寒けがしてくるのが悪寒です。悪風というのはそれのちょっと軽いもので、外気にあたるとゾクッとするというものです。「翕翕発熱」これは発熱の形容で、熱がワ-ッと出てくるとい うことです。「鼻鳴乾嘔する」は鼻がグズグズいってからえずきをするということで、そいうものが桂枝湯の主治であるということです。  それでは桂枝湯とはどのようなものか、ということになりますが、桂枝湯の処方構成を次に書いてあります。

「桂枝(三両、皮を去る)、芍薬(三両)、甘草(二両、炙る)、生姜(三両、切る)、大葉(十二枚、擘く)」。  ここに両という言葉が出てきますが、両は古代の重さの単位で、この『傷寒論』が書かれたといわれている後漢の末あたりの度量衡では一両は約14gであろうといわれていますので、かなりの量になります。三両というと40gちょっとで、二両でも30g弱でしょうか。 大棗(ナツメ)が十二枚ということで」れはきわめて明瞭です。今から考えるとかなりの量になります。 「右五味、三味を㕮咀し、水七升をもって、微火にて煮て三升を取り、浮を去る。寒温を適え、1升を服す」。  この五つの生薬の「三味を㕮咀し」というのは桂枝、芍薬、甘草の三昧だと思いますが、それをかじって、水七升で徴火で煮て三升を取るということです。升という単位は、今とはちょっと違って、この時代の考証では、一升は約200mlであろうということで、三升というと600mlくらいになりましょうか。すなわち水1400mlを600mlになるまでとろ火でグツグツ煮詰めて、滓を取って、適当な温度にして一升を服すということです。 「服し己わり須臾にして、熱稀粥一升余を啜り、もって薬力を助く」。 これも今のやり方とはちょっと違うのですが、薬を飲んだ後ですぐに温かい薄めの粥を200mlくらい啜るって薬力を助けるということで、これも非常に面白い方法だと思います。まず薬を飲んだ後で温かくした薄い粥を飲むと、薬力の助けになるということです。

「温覆すること一時ばかり」。 一時ほど温かい布団で寝るということです。

「遍身漐漐として微かに汗有るに似たるもの、益々佳し」。 体中から何となく汗がジワジワと吹き出てくる。「微かに汗有るに似たるもの」ですから、あまりダラダラと流れるのではなくて、ちょっと汗ばむということでしょうか。

「水の流離する如くならしむべからず」。 汗がダラダラと流れるほどにしてはいけません。ですから布団を被るのもよいが、汗がダラダラ流れ出るようにしてはいけなくて、ちょっと汗ばむ程度ということで、非常に細かい表現だと思います。

「病必ず除かれず」。 汗をダラタラかくようにしては、病気が治らないのだということです。

「もし一服にして汗出で、病差ゆれば、後服を停む」。 もしも一服飲んで、汗が出て病気が治ったならば、後の薬は用意してあっても飲むのではない。このへんも非常に厳しい提言で、たくさん残っているのでもったいないから飲んでしまおうというのではなくて一服飲んで汗が出たら残っていても飲むのではないということです。

「必ずしも剤を尽くさず」。 全部飲む必要はないということです。

「もし汗せざれば更服前法に依る」。 もし発汗が起こらなければ、先ほど述べたような方法でさらに服用するということです。

「また汗せざれば、後服すること少しその間を促す」。 それでも汗をかかなければ、服用時間の間隔を少し短くして飲むということです。

「半日ばかりにて三服を尽くさしむ」。 およそ半日で三服くらい飲むような加減で飲むということです。

「もし病重ければ一日一夜周時これを観る」。 病気が非常に重いという時には、24時間ずっと患者さんの容態を観察する。

「一剤を服し尽くして病証なお有るものは、更に服をなす」。 こうして作った一日分を飲み終わってもまだ治らない場合には、さらにもう一杯飲むということです。

「もし汗出でずんば、すなわち服すること二三剤に至る」。 それでも汗が出なければ二、三剤までは飲んでもよいであろうということです。

それから食事の注意が書いてあります。 「生冷粘滑肉麺五辛酒酪臭悪等の物を禁ず」。 生ものや冷たいものを食べてはいけない、ネパネパしたもの、ヌルヌルしたもの肉、ソバ、香辛料、酒、バターのようなものとか臭いものを食べてはいけないということです。 非常に簡単ですが、今から一八OO年前とは思えないような、非常に的確に服用の仕方、服用に伴う食事の注意など、微に入り細にわたって書かれているということで、やはり『傷寒論』の冒頭を飾るのにふさわしい条文だと思います。

 桂枝湯の実際の使い方は後ほど時聞がありましたら述べたいと思いますが、次の条文をまず読んでみます。

「太陽病、頭痛発熱し、汗出で悪風するものは、桂枝湯これを主る」。 太陽病で頭が痛くて熱が出て、汗が出て、悪風は悪寒の軽い形で、悪寒はしめきったところにいても寒く、悪風は風に当たると寒いというものですが、これがあるものに桂枝湯がよいということです。 ここまでが桂枝湯ですが、桂枝湯は実際にどのように使ったらよいかというようなことを少し述べたいと思います。これは現在というか、江戸時代からもそれほど使われていない処方だと思うのですが、もっと使われでもよい処方ではないかと思います。

桂枝湯の変方 しかし桂枝湯の変方は非常によく使われて、例えば桂枝加芍薬湯は桂枝湯の中の芍薬を増やしただけであとは皆同じものですが、これは割合に弱い方の不定愁訴、とくにおなかが痛いとかというようなケ-スに使うわけですし、またその変方である小建中湯も、弱いお子さんで始終おなかが痛いというような 不定愁訴の多い方によく使います。あるいは桂枝加附子湯とか、あとでお話しする桂枝加葛根湯、それから桂枝加朮附湯、桂枝加苓朮附湯というように、桂枝湯の加減方は実にたくさんあって、しかもその中には現在非常に頻用されているものもあるのですが、原方であるこの桂枝湯は比較的使われ方が少ないのではないかと思うわけです。  もっと使われでもよい処方ではないかと思いますが、現在漢方治療をしている人間としては私は割合使う方だと思います。どのように使うかといいますと、桂枝湯は桂枝、芍薬という成分で、桂枝加芍薬湯というのと桂枝去芍薬湯という2つの大きなバリエーションで説明すると非常に簡単なのですが、桂枝加芍薬湯の方は、現代風にいうと迷走神経緊張亢進の感じの強い不定愁訴などに、感冒も含めてよく使われます。桂枝去芍薬湯の方はそれと反対に、どちらかというと交感神経緊張亢進といいますか、心悸亢進とか、あるいは芍薬を減らすというのとはちょっとニュアンスが違うのですが、桂枝を増やした桂枝加桂湯と似たような感じです。ですから桂枝と芍薬の重みを比較して、桂枝が重い時はどちらかというと脈が速くなったり、心悸亢進が起こったりという交感神経緊張状態が強くて、芍薬が重い時の桂枝加芍薬湯のようになってくると、おなかが痛いというような迷走神経緊張亢進の症状が強いということになるのでしょうか。  さらに桂枝去桂湯、桂枝去湯のように、せっかくできた処方から何かある大事な成分を抜くということで、ちょっと違ったニュアンスを出すというようなこともあります。 それからこの処方の原型というか、生姜、大棗は別格として、桂枝、芍薬、甘草は、桂枝甘草湯、芍薬甘草湯として同じく古典にあります。桂枝甘草湯は先ほどいったような交感神経緊張状態、現在の心悸亢進などに使い、芍薬甘草湯は腹痛などに頓服的に使うということで、この二つの成分がちょうどほどよくできあがった処方が桂技湯であります。したがって桂校湯は、現代風にいえば自律神経の非常に不安定な方、何かというとおなかが痛かったり汗をかいたりと、不定愁訴といってしまえば何ですが、そういういろいろな自律神経症状が非常に強い場合に、これは必ずしも感冒でなくてもいろいろなケ-スに使う余地があると思います。

桂枝加葛根湯 次に桂枝加葛根湯について述べ時間がありましたら若干つけたしをしたいと思います。 『傷寒論』でも、ここにある『宋版』の桂枝加葛根湯には麻黄も入っているので、実は葛根湯に非常に近いものです。 「太陽病、項背強ばること几几、反って汗出で悪風するものは、桂枝加葛根湯これを主る」。 これは感染症の初期の太陽病の段階で、うなじとか背中が非常にこわばっている、几几ですから非常に強くこわばっているということです。「反って汗出で」というのは、後に出てくる葛根湯が「汗なく悪風」と書いてありますので、葛根湯に対して「反って汗出で」といっているのです。葛根湯の場合は実にこれとよく似ていて、ただ麻黄が少し重みを増した処方だと思います。桂枝加葛根湯は元来麻黄の入っていない処方が普通だと思うのですが、この『宋版』には入っていて、葛根湯は「汗なく悪風」ということで、こちらの方の「反って汗出で」というのは、それに対していっているわけです。葛根湯は元来汗が出ないのだということで、これは強い反応で、どちらというと体の強い人の闘病反応ですので、汗が出にくいわけです。体質の弱い方はすぐ汗ばんでしまいますので、葛根湯と桂枝加葛根湯の違いがあるわけです。ですから反って汗が出て悪風、これは悪寒に対して寒けの軽いもので、風が当たるとゾクッとするものがある場合には桂枝加葛根湯がこれを主るということです。

 内容は、「葛根(四両)、麻黄(三両、節を去る)、芍薬(二両)、生姜(三両、切る)、甘草(二両、炙る)、大棗(十二枚、擘く)、桂枝(二両、皮を去る)」ということです。 おわかりのように、これは桂枝湯に葛根と麻黄が入ったものです。葛根湯はこれと同じ構成で麻黄のウエイトが少し重いものといわれるわけです。わかりにくくなってきますが、葛根湯は後に出てきますが、これでは桂枝加葛根湯と葛根湯の区別があまりつかなくなってしまいます。現在私どもが了解しているものは、麻黄のない桂枝湯プラス葛根を桂枝加葛根湯と呼んでいます。それをちょっとご注意申しあげます。

「右七昧、水一斗をもってまず麻黄、葛根を煮て、二升を減じ、上沫を去り、諸薬を内れて煮て三升を取る。滓を去り、一升を温服す。覆して(布団を掛けて)徴似汗を取る。粥を啜るを須ず(粥を畷ることは必要ない)。余は桂枝の法の如し、将息及び禁忌」。 ここにも麻黄と葛根を煮ると書いてあります。 ただここに林億の注があって、私が先ほどいったようなことが書いてあります。 「臣億等謹みて仲景本論を按ずるに、太陽中風自汗は桂枝を用う。傷寒汗無きは麻黄を用う。今証に云う、汗出で悪風す、而して方中麻黄有り。恐らくは本意にあらざるなり」。 私が先ほどいいましたような議論を林億という偉い学者が昔から論じているわけで、これは決して誤植でも何でもなくて、林億らが考えてみても、おかしいのではないか、これ

では葛根湯と桂枝加葛根湯と違いがないのではないかということで書いてあります。

「第三巻に葛根湯有り。証に云う、汗無く悪風す、まさにこの方と同じ。これ麻黄を合わせ用うるなり。ここに云う桂枝加葛根湯、恐らくはこれ桂枝中ただ葛根を加うるのみ」。 もうすでに昔の人がこれを問題にしていまして、恐らくこれは麻黄が入っているのは間違いではないだろうか、桂枝湯に葛根がはいっただけでよいのではないかというふうな議論を展開していますが、私もそのように思います。 現在私どもが理解している、現在市場で使われているものも麻黄は入っていなくて、桂枝加葛根湯というと桂枝湯プラス葛根ということで了解されているわけであります。そのことをお含みいただいて、今までの条文を反芻していただくとよいのですが、麻黄が入つてしまうと葛根湯であって、今いったこととちょっと違ってくるということです。 それでは桂枝加葛根湯と葛根湯あるいは桂枝湯とどのように違うかということになりますが、桂枝加葛根湯というのは今はあまり使われないのではないかと思いますが、もっと使ってもよい処方だと思います。葛根というのはクズの根ですが、筋肉のこわばりを解いたりするのに非常によく使われる大事な生薬で、最近ではいろいろな薬理作用も明らかにされています。女性ホルモン様作用とか、そのようなものまでいわれているようで大変面白い処方です。  桂枝加葛根湯というのは、桂枝湯の中でちょっと凝りが強いとか何とかというもので、麻黄はどうも使いたくないというケ-スでは使ってよいのでないかと思うのですが、製品になったものがありませんので、比較的使われるチャンスは少ないと思います。葛根湯を理解し、桂枝湯と葛根湯の相違をはっきり知るためにも、この桂枝加葛根湯はもう少し考えてもよい処方ではないかというふうに思うわけです。  桂枝湯にしても桂枝加葛根湯にしても、『傷寒論』の冒頭を飾る処方で、これからいろいろなバリエーションが出てきます。とくに桂枝湯はその中でも重要なものですので、よく研究していただけたらよいと思います。

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