佐藤芳昭 相模原協同病院産婦人科部長
本日は.妊娠,分娩に関係した疾患について,現代医学の考え方と漢方療法の接点についてお話ししたいと思います. まず.妊娠中によくみら産科医にとってその管理に苦労することの多いのが習慣性流産および早産の管理であります.最近ではこれらの発症の機序の一部に免疫学的な因子の関与も推定されており.その面から新しい治療法も盛んに模索されております。
西洋医学からみた習慣性流産
まず習慣性流産についてですが, 一般に3回以上繰り返して妊娠が中絶してしまい. 生児を得ることのできない患者を指し、不妊症と区別して不育症といわれるカテゴリーに含まれる疾患と考えてよいと思います. 最近の西洋医学的な習慣性流産の考え方について簡単に触れてみますと,その原因としては.50%くらいが染色体異常に起因しており.そのほかには. たとえば双角子宮のような子宮奇形、母体の甲状線機能障害、黄体機能不全、または高プロラクチン血症のような内分泌異常や,まれには梅毒の ような子宮内感染症や糖尿病などの全身疾患の一症状としてみられることもあります. 通常. 流産に終わる妊娠は10-15%といわれておりますが.本人が妊娠と気づかぬうちに流産してしまうような.いわゆるchcmical abortionを含めると.その頻度はきわめて高いものと思われます. このような症例の中で,繰り返し流産に終わってしまう習慣性流産の頻度に関してはMalpasの説が有名で.彼は「1度流産したあと再び流産する危険率は22%、2回続けるのは38%、3回続けるものは73%である」と述べて,コントロールの17.6%より,その危険率がきわめて高いことを強調しました。
このような症例には,上に述べたような流産を繰り返す原因が存在することも少なくないわけですが,原因が検索しても不明の,いわゆる機能性習慣性流産とでも呼ぶべき症例の中に,免疫学的な原因によるものが存在することが,近年次第に判明しつつあります。ヒトの体にはHLAという組織適合抗原がありますが,もし夫婦問でこの抗原が非常に似通っていると,いわゆる遮断抗体といわれる,妊娠中に胎児を免疫学的な攻撃から守るための抗体がうまく産生されないために,本来母体とは半分は他人である胎児は,免疫学的な攻撃から逃れられないで流産を繰り返してしまう,というようなことが盛んにいわれるようになってきております。
さらに最近では,もう1つの面からのアプローチで解明されつつあるのが,自己免疫疾患としてとらえられている習慣性琉産であります。すなわち習慣性流産のうち,抗核抗体が陽性で,ワッセルマン反応が生物学的偽陽性を示し,血小板減少がみられるような症例があり,これらの症例をよく調べますと,生体のリン脂質に対する抗体が盛んに産生されているのであります。なぜこの抗リン脂質抗体が生体内に産生されるようになるのかはっきりいたしませんが,感染とか,妊娠などが契機になって,自己抗体ともいうべき抗リン脂質抗体が産生されるようです。この抗リン脂質抗体が血管の内皮細胞に作用しますと,血栓形成を防ぐ作用のあるprostacyclinの産生が下がってきます。そうすると血栓形成や血小板凝集などが起こったり,胎盤の血流量が減少したりするために,結局流産や死産という形になってしまうのであります。このことは習慣性流産に限らず,重症な妊娠中毒症や,早・死産を繰り返す症例で,今まで原因がよくわからないといわれていた症例の中にかなり多く合まれていることもわかってきました。このような習慣性流産は,漢方医学的にはどのようにみられ,またどのような治療方剤が用いられているのでしょうか。
習慣性流産の漢方治療
漢方では,いわゆる瘀血のために子宮の状態が悪く,位置異常があったりして,一般的に虚証で,妊娠前から冷え症に悩んでいる婦人にこのような習慣性流産が多いといわれております。漢方的な考え方は割合に素朴で,「この病気は自然に反した状況や生活によって起こっているのであるから,自然でない歪みを元に戻すことによって治療しよう」とするものであります。習慣性流産とか流産のことを「胎漏」と呼ぶこともあり,気力の不足,脾・腎虚,血熱の状況と考えており,これに対しては当帰芍薬散が,妊娠中の安胎の薬として長い間使われており,一般的に虚証で冷え症の習慣性流産患者に対してはこれをまず用いるべきでしょう。これは主成分である当帰,芍薬、川芎などの子宮に対する鎮痙,瘀血への作用が,自然でない歪みを調整することであり,一方,赤ら顔で,下腹部に瘀血が停滞しているのを認めるような力強い患者には桂枝茯苓丸が用いられ,無事に妊娠が成立した時には当帰芍薬散に変えることがあります。
さらに陰・虚証で,やや貧血気味であり,手がほてり,口唇が乾くようで冷え症を合併しているような例では温経湯を用いることがあります。一般的にはこのような治療がとられることが多いのですが,最近注目されているような,今まで述べてきた免疫的な原因が背景にある習慣性流産や,死産を繰り返す症例については, どのようにすればよいのでしょうか。
西洋医学的には,結果的には血栓症を起こすことから,妊娠中には抗凝固剤であるアスピリンや,ぺルサンチンなどの少量の持続投与が行われており,それなりの成績をあげておりますが,妊娠時におけるこれらの薬の長期投与はいろいろと問題があり, また効果が過剰となって,分娩時の出血量を増やす心配もあるわけです。
ところで,漢方薬である小柴胡湯は,最近の多くの研究の結果,生体において免疫のregulatorとしての作用を有することが判明してきました。すなわち免疫反応に対してプロスタグランデインの産生を抑制し,macrophageの活性化を惹起し,引き続いてinterleukin 1, 2も活性化し,免疫担当のT-cellを活性化することがわかっております。またいわゆる自己抗体である抗リン脂質抗体によってひき起こされる血栓症の状態は,漢方でいうところの瘀血状態と考えてよく、この意味で小柴胡湯の投与は,自己抗体によってひき起こされる瘀血状態を抑えることで,十分にその治療効果が期待できるといえます。現在免疫学的な原因の疑われる習慣性流産に,多くの施設で小柴胡湯の投与が行われ,われわれの経験でも習慣性流産に対しアスピリンに劣らぬよい成績をあげております。五苓散と小柴胡湯の合剤である柴苓湯の使用でもよく,口渇を訴えて胸元が苦しく,食欲のない症例などにはこれが用いられております。このような治療により,繰り返し流産しやすいような多くの症例を救うことができます。
切迫早産の漢方治療
次に,切迫早産といわれている,漢方でいう「半産」について少し述べます。 早産を起こしそうな症例の治療の目標としては,早期に開始した子宮収縮の抑制があり,西洋医学ではβ-stimulantが有効ですが,必ずしも単独の作用を期待しうる薬物がありませんので,漢方を併用するとしますと,やはり安胎の薬である当帰芍薬散の使用か望ましいと思われます。 また妊娠中毒症がその背景に存在しましたら,先ほど述べましたように,むくみがあり,血圧上昇がみられるものには五苓散や柴苓湯を用い,すでにこの時期を過ぎて,元気が衰え,虚証となっているような例では補気建中湯が用いられます。
西洋医学からみた乳腺炎
次に,分娩後にみられる疾患のうち,乳腺に関するものをとりあげてみます。乳腺症は産婦人科外来では日常的にみられる疾患ですが,母親の苦痛は比較的大きく、かつ使用薬剤の母礼への移行を心配して投与製剤を服用しない例があるなど,時にその対処の仕方に頭を悩ませることがあります。しかし日本では,旧来より用いられている漢方的治療の効果が少なくないことが知られており,漢方で治療しようとの試みが比較的広く用いられております。ここでは,乳腺症に対する漢方療法の考え方の概要を説明し,さらにその治療についても触れてみたいと思います。 現代医学の考え方からみますと,乳腺炎は局所における熱感,発赤、疼痛などを主徴とする炎症ですが,その原因として,細菌感染のある群と単なる乳管の発達未熟によるうっ滞性の乳腺炎とが存在します。 細菌感染によるものは,主としてブドウ球菌によるものが大部分で,ときに大腸菌や肺炎菌などがみられます。局所的な炎症所見,たとえば硬結,発熱,自発痛などとともに,全身的にも熱感,悪寒・戦慄などがみられ,また所属リンパ節の腫大なども現れてきます。さらに進むと膿瘍形成などがみられることもあり,この場合には排膿のため切開が行われることがあります。西洋医学的治療としては,化膿菌に対する抗生物質の投与のほか,消炎剤の併用や,冷罨法などの局所療法を併用しております。一方,初産婦に比較的多くみられるうっ滞性の乳腺炎は産褥の3-4日目とその発症は早く,かつ原因が乳汁分泌のための乳管の発育不全によるものが多いので,乳汁分泌産生を促すような方法がとられます。
うっ滞性乳腺炎の漢方治療
この疾患を漢方医学的に考えてみますと,乳腺炎の発病初期は体表に熱があり,患者の体力はまだかなり充実していて実証であることが多く,いわゆる急性炎症時の太陽病を呈しております。頭痛,熱感,疼痛などを目標に漢方薬が処方されますが,この初期の場合には原因にかかわらず,感染性であっても,非感染性であっても, 葛根湯を投与するのがよいと思われます。とくに礼汁うっ滞性乳腺炎に対しては,症状の中でもとくに疼痛や腫脹を改善するとともに,乳汁分泌に関しでもその改善は有意であり,また乳汁液中に分泌される葛根湯の主成分であるエフェドリンとグリチルリチンが,これを授乳された新生児に対して新生児黄疸の発生を抑制するなど,好ましい影響を与えていることが判明しております。
大塚によれば,葛根湯の目標と応用について,「発熱,悪寒などがあり,僧帽筋領域の筋肉が緊張し,脈が弱く,力があり,熱がなくて後背部に炎症,充血などの病邪が存在し,かつ緊張がある時,体表部のどこかに限局性の化膿性浸潤がある時,発熱,悪寒,下痢するものなど」と述べておりま す。 主薬となっている葛根は結滞による筋攣縮を緩解する,いわゆる薬理学的にはパパペリン様鎮痙作用を有しており,麻黄や桂枝と組み合わせると,その作用が増強されることが知られております。当然乳腺筋上皮の攣縮緩解作用もあるために,乳汁分泌促進効果も著明にみられるわけであります。 一般的に症状が軽度であり,炎症所見も軽いうっ滞性の乳腺炎は,マッサージや搾乳とともに葛根湯を使用することで,大部分対処できると考えられます。ときにはこのうっ滞性乳腺炎により二次的に感染が起こり,次の化膿性乳腺炎に移行することもありますが,これも葛根湯を用いる早期の予防療法によって防ぐことができるでしょう。
感染に伴う乳腺炎の漢方治療
次に,感染に伴う乳腺炎について考えてみましょう。一般的に感染の時期はうっ滞性のタイプとは異なり,産褥1週間以上たってから出現してくることが多く,症状的には悪寒,発熱などの表熱実証 の形をとることはうっ滞性のものとよく似ています。この時注意すべきは,漢方でいう熱とは,必ずしも体温の上昇を意味するわけではないということであります。
悪寒があるか否かが,熱の有無を検討する時に重要な目標となります。悪寒,発熱が続いて,病が次第に体の内部に入ってきた時,すなわち太陽病から少陽病へと移行してきて,証的に虚実間となってきた時には, 小柴胡湯が抗生剤と併用されます。この時には往来熱寒(悪寒と熱寒が交互に起こる)といわれる感染を示すような徴候がみられます。とくに蜂窩織炎症の場合のように,感染が裂傷から腺葉に広がったような時には,深部フレグモーネの形となり,熱は初めは軽いが,長期にわたって持続するようなタイプがこれにあたります。 漢方的には舌苔があり,口が苦く,食欲不振で口渇を認め,胸の苦満があります。これは肋骨弓下部に圧迫により抵抗と圧痛を証明するものであり,内側の熱によって腫脹,硬結が起こったことを示しています。さらに進んで化膿期になると,皮膚は赤くなり,疼痛も増加していき,口が渇いて水分を欲するようになります。舌が黄色く,脈が強くなるのは化膿の前兆であり,このような時には五苓散で加減治療いたします。完全に化膿した場合には, 瀉肝解毒の方法を利用して,竜胆瀉肝湯または透膿散を用いてもよく,また排膿されずに疼痛の強い時には,排膿を促進させる排膿散及湯または大黄牡丹皮湯を用いて,瘀血に対する桃仁, 牡丹皮によって消炎させ,また大黄を用いての排膿作用を組み合わせて治療効果を期待しでもよいでしょう。 膿疹が破れたのちは,排膿のために熱が下がり,腫脹は漸次減少してきますので快方に向かうはずですが,腫脹の減少や排膿が不十分で熱が残るような時には,十味敗毒湯で治療を行うと思わぬ効果をみることがあります。 いずれにしましでも,膿疹を形成した膿が深部へと侵入するとsepsisで死亡するような症例もありますので,化膿性の急性乳腺炎が疑われる時には,今述べた漢方的な考え方を参考にしながら哺乳を中止し,マッサージや搾乳なども行わず,時には乳房緊縛帯を用いて乳房をきっく緊縛すると効果のあることがあります。また炎症を抑えるため,温あるいは冷湿布を用い,起炎菌を早めに同定して抗生剤の併用を行い,膿瘍形成に至った時には切開し, ドレナージを行うというような一般的な処置を必ず併用すべきで,漢方療法のみに頼る抗生剤と漢方製剤ののは得策ではありません。しかし,抗生剤と漢方製剤の適切な併用はきわめて有効であり,私どもの経験では,局所硬結,圧痛,自発痛などの改普には,漢方と抗生剤の併用効果がきわめて有力であります。乳腺炎の漢方療法について,その概要を病期を追って述べてきましたが,一般的には,初期の場合葛根湯の投与が,化膿性,うっ滞性を問わず有効なことが多く、病期が進めば抗生剤の投与や,一般的な他の処置の併用が必要となることも少なくありません。
乳汁分泌不全症の漢方治療
また乳汁分泌不全症に対しでも,その原因が種々ありますので,それに対する治療を念頭に置くことが大切ですが,漢方療法としては,乳腺炎と同様に, 葛根湯および十全大補湯などがよく用いられております。 一般的に,葛根湯を用いる場合には,乳腺の発育は悪くなく,乳汁の分泌機能そのものは保たれているのに分泌されないような状態,すなわちうっ滞性乳腺炎の前駆状態のような時には,よくその効果が発揮できましょう。 一方,十全大補湯は,分娩時出血などのあとで,全体として貧血気味で,疲労が激しいような時には本剤で補うことにより体力もつき,乳汁分泌も多くなってくることがあります。 以上,産後の乳腺炎に関しては,新生児への影響も少なくないので,漢方薬を上手に使うことは患者にとってメリットが多しその時には,現在の病状がどの段階にあるのか,つまり太陽病か,少陽病か,実か虚か,化膿性か,膿瘍後か,などをよく見極めて漢方処方を決定するのがよいと考えられます。
まとめ
本日は,西洋医学からみた習慣性流産,早産,ならびに分娩後の乳汁分泌不全,乳腺炎について,漢方の面からどのようにせまれるかをお話しいたしました。とくに習慣性流産,および妊娠中期での死産を繰り返すような症例などは,最近の免疫学的な研究から,遮断抗体や, lupus anticoagulantといわれるようないわゆる自己抗体系と,血栓形成が大きく注目を浴びており,従来は免疫とは無関係と考えられていた漢方薬のうちでも,柴苓湯や小柴胡湯の免疫系regulatorの作用は大きな注目の的であり,妊娠に関した免疫ばかりでなく,病といわれるSLEや,リウマチなどにも臨床的に応用されつつあります。そしてそのマイルドな効果と,副腎皮質ホルモンなどと比較した副作用を比べますと,その効果については,今後各科にわたって広く用いられていく可能性があります。
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