藤井 美樹 日本東洋医学会/常務理事
前回は項背,つまりうなじ,背中および肩のこりについて申しあげましたが,今回は項背,すなわちうなじ,背中および肩の痛みについて申しあげます。 漢方治療の実際におきましては, こりと痛みとはハッキリ分けられない場合がありまして,こって痛むということもあります。それからほかの場合と同様に,痛みのほかにどんな症状があるかということも間診いたしまして,またそのほか漢方としての腹診や脈診などの診察によって漢方的診断,つまり証を決めて薬方を決めるわけであります。
まず初めに,項(頸部)の痛みを起こす病気を申しあげます。首が痛いという場合にもっとも多いものに,いわゆる寝違いがあります。これは外国ではacute ttlneckといいます。また,朝起きた時に首が痛くて,首の屈伸や回転ができず,首を傾けたような状態に固定しているためにmorning stiffllessともいわれております。漢方では寝違いのことを失枕,あるいは落枕というふうに表現いたします。寝違いを経験された方は多いと思いますが,これは簡単なものから,長びくものまでありまして,簡単なものですと数時間で治るものもありますが,たいていは2~ 3日,長びいても1週間くらいでよくなります。
これは枕をはずした無理な姿勢で寝ていて起こる場合もありますし,また頸部を冷たい風にさらしたりして起こる場合や,また原因がよくわからないというふうなこともあると思います。他覚的には,両側の頸の筋肉や僧帽筋が強直して,圧痛があるということが多いのであります。これは自然に放置しておりましても治るものですが,現代医学的に,時には徒手矯正法を行なうという場合もありますし,また薬としては鎮痛剤,あるいは鎮痙剤などを使うことがあります。
漢方治療の場合には,普通の体力があって,胃腸も弱くなく,筋肉の緊張もよいというふうなタイプの人ですと,まず葛根湯を使います。葛根湯は前日でも申しましたが,「項背こわばる(首のうしろすじから背中,肩にかけてこる)」というふうな場合に使うわけですが,葛根湯を使うと自然の治癒を促進させます。それから胃腸が弱く,体もあまり丈夫でない,よく汗をかき疲れやすいというタイプの人ですと,桂枝加葛根湯を使います。いずれにしましても「項背こわばる」という時には,葛根の入った薬方を選んで使うわけであります。そのほか筋肉の痛みが激しい時には,その痛みを緩解するために芍薬甘草湯を使うこともあります。しかし,普通は大部分の人は葛根湯で軽くなることが多いようであります。
次に,頸部の痛みを起こす病気としては変形性頸椎症というのがありますが,これは現代の整形外科的に診断をつけませんと漢方だけでは無理でありますが,ともかく一種の老化現象というものであります。これは若い時に非常に激しいスポーツをしたとか,あるいは重労働をしたという人ほど早く現われ,その程度も強いというふうにいわれております。このような場合も現代医学的に治療を受けながら,また漢方としての診断をして,その人の体質とか,あるいは症状に合わせて適切な薬方を使うと,全身的に非常に元気になり,苦痛も和らぐというふうなことが見られます。
胃腸が丈夫で体力がある人でありましたら,葛根湯に朮と附子を加えます。あるいは桂枝加附子湯に朮を加えた桂枝加朮附湯というような薬方を使います。この薬方の中に入っている附子というのは, トリカブトの根で,その中にアコニチンという劇薬が含まれておりますが,これには非常に鎮痛作用がありますし,また強心作用や,体の新陳代謝が下がっているものに対してはそれを元めるという働きがあります。附子は漢方としては非常に大事な薬でありまして,使い方を気をつけなければなりません。ところが近年,附子の毒性を除き,有効成分だけを上手にとり出した加工附子というのが開発されまして,これはかなりの量を安心して使用できますので,非常に便利になつてきております。
そのほか病気としては頸維の維間板ヘルニアがあります。これは腰稚の椎間板ヘルニアに比べると発病も徐々に起こりまして,専門的にすぐ確認ができるというわけにはゆきませんが, このようなものもあります。そのほか頸部の病気をとりあげますと,最近は少なくなりましたが,頸椎のカリエス,骨髄炎などがあります。そしてこれらも現代医学的な治療をしながら漢方としての診断をして,その人に適した漢方の薬を出しますと,全身的に機能を高めることができます。それから,これも近年問題になってきておりますが,首の周囲の外傷と申しましようか,すなわちむち打ち損傷であります。これはいろいろな点で問題のある病気でありますが,大部分は捻挫というふうに考えてよいと思います。この場合も,整形外科的に診断を受けて治療を受けるというのが本筋であります。これを現代医学的な治療のほかに漢方的に扱いますと,これは打ち身でありまして,急性の打ち身としてよく使われるのは桂枝茯苓丸であります。これは本来は丸薬でありますが,煎じて用いる場合には桂枝茯苓丸料として用います。軽いむち打ちで心配はないけれども,漢方的に何か薬はないかというようなときに,私はいつも桂枝茯苓丸を丸薬として出しておりますが,非常に具合がよろしいようで,首のむち打ちに限らず,ほかのところの打撲の場合にも桂枝茯苓丸を用いますと,後遺症が少なくてすむということをしばしば経験しております。私の家族でも経験しましたし,また私自身が怪我をした場合に経験しております。
次に背中の痛みについて考えてみますと,背中が痛いという訴えを起こす病気にはいろいろありまして,漢方的にはあまり遭遇する病気ではありませんが,まず変形性の脊椎症というのがあります。また脊椎過敏症というのがありますが,これはご承知のように若い婦人で,わりあい神経質の人にみられます。疲れると背中が痛むというわけですが,脊椎の棘上突起を押したり,たたきますと痛みがあります。よく脊椎カリエスではないかと心配して受診することで有名な病気ですが, この場合は神経質な虚弱タイプの婦人に多いので,加味逍遥散を使うとか,あるいは当帰芍薬散,また冷えが強い時には当帰芍薬散に附子を加えたり,あるいは薏苡仁を加えることによつて全身的に非常に元気になってきます。そうすると背中の痛みをあまり気にしなくなるというふうなことがみられます。そのほか一過性のものとして,過労による背中の筋力の痛みがあります。あるいは運動のやりすぎなどでも起こることがありますが,これは自然におさまつてきます。背中が痛いというのは,胸やおなかが痛くて,あるいは腰が痛くて,それから背中の方へ痛んでくるという放散痛の場合がありますから,そういう場合にはよく間診をして,病気を誤らないようにすることが大事であります。それから胸椎の病気があります。近頃は胸維カリエスは少なくなりましたが,時にみられることがあります。それからまたよくみられるものに帯状疱疹(herpeS ZOSter)があります。これは肋骨に沿って背中から胸にかけて非常に強い痛みがあり,痛みのあとに肋骨に沿って発疹が出てきます。なかには水疱になっているものもありまして,体の片側に起こります。この場合,漢方治療としてよく使われるものは柴陥湯,つまり小柴胡湯に小陥胸湯の合方が痛みを非常に和らげてくれます。また水疱ができますと五苓散がよく効きますし,発疹がおさまったのに痛みがいつまでも続くというような場合には,加工附子を使うとよい場合があります。
症 例
症例1:帯状疱疹:
患者さんは70才過ぎの老婦人でありまして,数日前から背中から胸にかけての痛みがありましたが,そのうちに夜眠れぬくらいに痛みがひどくなりました。そして胸の横の方から発疹が出まして,帯状疱疹であることがわかったわけであります。診断がつくまでは恐ろしい病気ではないかと家族ともども心配しておりましたが,私のところに来られましたので柴陥湯を出しました。これを服用するようになってから痛みが薄紙を剥がすようにとれてきまして,夜も眠れるようになり,そのうち発疹も次第に消えて非常によくなりました。その方の知人で,やはり帯状疱疹になられた人が,漢方治療をしなかったため,いつまでも痛みのために苦しめられたそうで,自分はとてもよかったといってあとで非常に感謝されました。それから,これも近頃は少なくなりましたが,胸膜炎(pleuritiS)があります。この場合も現代医学の治療をしながら,漢方的な診断によって先ほどのように痛みの強い時には柴陥湯を使い,痛みがとれて,そのあとほかの柴胡剤などを化学療法と併用いたしますと非常に経過がよいようであります。
次に肩の痛みですが,一番多いのは中年を過ぎてから出てくるいわゆる五十肩であります。現代医学的には肩関節周囲炎といわれるものであります。これには急に激痛が現われて肩がまったく動かなくなるタイプと,徐々に痛んで肩の運動が制限されるというものとがあります。急性に起きたものは治るのも早いようでありますが,徐々に起こってくるタイプのものは治るのに時間がかかります。この場合よく使われますのは初期には葛根湯でありまして,これもたびたび申しますように胃腸の弱い方にはむきません。その場合は桂枝加朮附湯あるいは桂枝加葛根湯を使います。場合によつては葛根湯でもよくなりませんし,そのほかの薬方でうまくゆかない場合に後世方の二朮湯というのがありますが,これでよくなることがあります。
症例2:五十肩:
患者は大工さんで,右肩が非常に痛んで腕が上がらなくなり,夜眠られないこともありました。体は大変ガッシリした方なので,初め葛根湯を使いましたが,そのうち痛みが肩から腕の方に下がってきました。そこで葛根湯に桂枝加朮附湯の合方を与えました。するとこれを服用することによって痛みは次第に和らぎ,それとともに腕も上がるようになり,また仕事もできるようになつて非常に感謝されました。
次に頸肩腕症候群があります。これは職業病的な問題などいろいろありますが,現代医学的療法とともに漢方的な治療をいたしますと非常に軽快してくる例があります。
症例3:頸肩腕症候群:
患者は大正14年生まれの独身女性で,OLですが,長い間勤めているうちに首から肩の症候群が出て苦しんでおりましたが,漢方治療を受けるようになってよくなりました。この人は慢性の気管支炎もありまして,苓甘姜味辛夏仁湯と桂枝加苓朮附湯の交互服用により体が本当にしっかりしてきて,それとともに腕,肩の痛みが非常によくなり,現在も服薬中でありますが感謝されております。
次に,肩の痛みとして大事なものは関節リウマチであります。多発性の関節リウマチの場合は肩のところにも痛みがきて,非常に苦しむわけですが,急激に激しい痛みがきた場合に使う薬方に甘草附子湯があります。これは甘草と朮と桂枝,附子の入ったものでありまして非常によく効きます。
症例4:関節リウマチ:
患者は6才の女児でありますが,急性の多発性関節リウマチで,某大学病院に入院中でありましたが,だんだん衰弱する一方で,とうとう両親が無理に退院させてしまいました。そして私のところに来ましたのでみますと蝋人形のように青ざめて, しかも痩せ衰え,ちょっと肩にさわっても非常な痛みを訴えて,首は全然まわりませんでした。そこでこれに甘草附子湯を使用しましたところ,痛みが非常に和らぎ,まず顔色に生気が出て,少しずつ食欲も出てきました。そして1年後には見違えるように元気になり,飛んだり跳ねたりすることもできるようになりました。今年の春には小学校へ入学できるようになりました。両親が非常に喜んだのはもちろんですが, 1年前の蝋細工のように痩せ衰えた子供が,このように回復したことに,私自身が非常に驚いた症例であります。 また,ある技師さんが手首と肩の痛みを訴えまして,これにも甘草附子湯を与えますと,その日から激痛が楽になって眠れたというふうな例もあります。このように急激にきた関節リウマチの痛みには,甘草附子湯というのは劇的な鎮痛効果を現わすということがみられるわけであります。 そのほか,関節リウマチの軽いものの初期には,普通葛根湯が使用されます。またリウマチのほかに肩から腕にかけての神経痛があります。この場合にも葛根湯あるいは葛根湯加苓附湯,また体の弱いようなタイプでは桂枝加苓附湯が使われます。時によつては二朮湯が使われることもあります。 桂枝加朮附湯の症例を申しあげますと,ある病院で長い間婦長をしていた60才過ぎの患者さんですが,肩から腕にかけて激しい痛みがあって掃除をすることもできないし,体が非常に疲れるということで受診されました。そこでみますと,おなかも軟弱で,冑腸が弱いということでしたので,桂枝加苓朮附湯を使いました。これを約1年服用しましたところ顔の色が非常によくなり,それとともに腕が自由に動くようになり,以前のように掃除も楽になりましたし,動作も非常に活発になつてきました。1年たってその方は,「実は私は長い間病院の婦長をやつていたので,漢方がこんなに効くとは思わなかったが, 自分で体験してみて漢方の非常によいことがわかった」ということを述懐されましたが,非常に印象に残った例であります。 次に,肋間神経痛のような痛みが胸や背中に及ぶというような場合に,清湿化痰湯という処方があります。これも前回に申しあげましたが,元来水毒が原因で体のあちこちが痛み,胸や背中も痛むという場合にこの処方を使います。 次に当帰湯という処方があります。これも後世方の処方でありますが,上腹部にガスが溜まり,そのために胸が圧迫されて背中が冷えて非常に痛むという傾向のあるものに使います。このようにおなかから背中の方へ痛みがゆくものですから,狭心症を疑われたり,あるいは心筋梗塞と疑われたりすることがあるわけで,そのために長い問苦しみ,診療を受けているけれどもどうもハッキリしないという時に,当帰湯の証があります。これは非常に冷えるタイプでありまして,当帰湯を用いることによって痛みから解放されるとともに,冷えも次第によくなり,全身的に非常に元気になってきます。それから慢性の胃の病気があって,背中や胸が痛んだり,場合によっては腰が痛むというように放散的な痛みがある時に使うものとして,枳縮二陳湯という後世方の処方があります。これを使いますと胃の働きがよくなり,それとともに痛みから解放されるというようなことが見られます。
以上,項部,背中および肩の痛みをきたす場合の漢方治療について申しあげました。日常よく遭遇するのは五十肩と多発性の関節リウマチであります。それから胃の病気とか,冷え症のために背中に痛みが波及して,治療を受けているけれどもどうもハッキリしないというような例に漢方治療する場合が多いわけであります。いずれにしても痛みをきたす場合にはいろいろな病気がありますし,長びく場合には悪性であるといけませんから,やはり現代医学的にハッキリ診断をつけて,その上で漢方治療をするということが必要であろうと思います。
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