大塚 恭男 北里研究所附属東洋医学総合研究所/部長
頭 痛
本日は頭痛と顔面痛についてお話しいたします。 頭痛は,疲労や食欲不振などと同じように,さまざまな病気に随伴して現われてくる,いわゆる不定愁訴の中に数えられる症状の一つであります。たとえば風邪をひいても頭痛は起こりますし,何か心配なことがあっても頭痛がいたします。また一概に頭痛と申しましても,頭が割れるようにズキズキ痛むというような激しいものから,むしろ頭が何となく重いという表現に近いもの,あるいは発作的に起こるものとか,持続的に起こるもの,また頭の表面的な部分の痛みや,頭の芯が痛むというものまで, さまざまな形があります。
病気の予後の面からみてみますと,たとえば脳腫瘍のようなきわめて悪いものや,失明の恐れのある緑内障のようなもの,程度の差はありますが,時にはきわめて重篤な場合のあるいろいろな形の脳の循環障害,またこれに関連してきますが高血圧症とか低血圧症の問題,そして,生命に関してはそれほど予後は悪くありませんが,長い期間にわたつて患者さんを苦しめる副鼻腔炎のような耳鼻科領域の病気,発作的に激しい頭痛を起こす偏頭痛,そして慢性呼吸器疾患や慢性の消化器疾患などについて現われてくる頭痛,あるいは不安や不眠などの神経症状とともに起こってくる頭痛というようにさまざまなものがあります。これらのなかには内科的な治療の限界を越えるものもあります。しかし, このような場合でありましても,補助療法として漢方治療が有益なことも少なくありません。これから順を追って,頭痛に使用されております主な漢方の薬方について説明してみたいと思います。
頭痛に使われる主な薬方 まず葛根湯であります。葛根湯につきましてはすでにご説明があったと思いますが,いろいろな病気に使われる漢方の代表的な薬方でありまして,感冒などの有熱疾患の頭痛に用いられることがまず第一であります。この場合には寒気とか,悪寒の軽い形を漢方では悪風と呼んでおり,風に当たると寒気がするという症状があったり, うなじのあたりから背中にかけてこわばりがあり,脈は浮いており, しかも力があるという場合が葛根湯適応の目標となっております。
体質の面から申しますと,中等度以上の体力をもっている人がこの適応となりますが,一見虚弱そうな人でも有効なことがありますので, これにあまりとらわれる必要はありません。ただし葛根湯を飲んでからあとに食欲がなくなったり,吐き気があったり,吐いたりするような症状を訴えるようでしたら変方する必要があると思います。 葛根湯はまた慢性の病気,たとえば副鼻腔炎などの場合の頭痛にも有効なことがあります。この場合はしばしば川芎(せんきゅう)とか,辛夷(しんい)とか大黄というような薬が加味されます。 葛根湯は,漢方の理論では発表剤(表を発する薬)という表現でいわれているものに属しまして,発汗などの機転によりまして病邪を除くといわれておりますが,化膿性疾患の場合にはまず醸膿が進行しますので,一過性には排膿量が増加します。 この際注意しなければならないのは,副鼻腟炎の場合の排膿する出口(排膿口)が閉塞されているような場合でありまして,醸膿が起こりました結果,かえって頭痛が激しくなるとか,また稀ではありますが,頭蓋内にさらに炎症が波及して,脳膜炎などを起こす危険さえもあります。したがっておじぎをするというようなちよつとした頭の動かし方によっても激しい頭痛を訴えるような場合でしたら,葛根湯の使用はかなり慎重にやらねばなりません。1服飲んでから痛みが急に激しくなるということがありましたら, さっそく以後の服用を中止するという注意が必要であります。私自身,このような例を2回ほど経験しております。しかし,それだけに適応症がピタリの場合でありますと,効果はまことに確実でありまして, このような注意を守りながら大いに葛根湯を試みてよいのではないかと思います。 上述のような葛根湯が適当でないという例に遭遇した場合には,あとで申します半夏白朮天麻湯,千金内托散,十全大補湯,四逆散というような薬方を随時使用します。
半夏白朮天麻湯:半夏白朮天麻湯の適応となる状態は,平素から胃腸が弱く,胃下垂とか胃アトニーなどがあり,あまり激しくない頭痛が持続的にあるというような例であります。しかし時には,のちに述べます呉茱萸湯の適応例に近いような激しい偏頭痛にも奏効することがあります。葛根湯の適応症を漢方的な表現でいいますと,陽の実証であるというのに対して,半夏白朮天麻湯は,陰の虚証の頭痛薬の代表的なものといえるのであります。 患者さんは貧血ぎみでありまして, ものを食べたあとで眠くなる,手足が冷える,立ちくらみがあるというのも本方使用の目標としてあげられます。また腹証としましては,腹部が軟弱無力で,心窩部に振水音を触れるというようなことがあげられます。
呉茱萸湯:これはいゎゆる偏頭痛というものにもっともよく使われる薬方であります。ご承知のように,偏頭痛は発作的に,主として一側の頭部に拍動性の激しい頭痛が現われ,吐き気や嘔吐を伴うものでありまして,数時間から,長いものでは1日あるいは2日間持続いたします。そしてその間歇期には頭痛をまったく訴えないのが普通であります。偏頭痛によく用いられる薬方は呉茱萸湯と五苓散でありますが,呉茱萸湯の場合は冷えという要素が非常に強く,五苓散の場合は,漢方で水毒といっている喉が乾くという要素が強いといわれています。しかし実際の上では, この二つの証の鑑別は必ずしも容易ではありません。呉茱萸湯の場合ですと,一般に手足が冷たく,顔色が悪く,脈は沈んで徐脈であるのが普通であります。そしてこれらの症状は,先に述べました半夏白朮天麻湯と非常によく似ております。しかし,胃部の膨満感であるとか,食欲不振などの,半夏白朮天麻湯の場合にみられるような症状は,呉茱萸湯証の場合には発作期を除いてはあまり顕著ではありません。頭痛の性質も,半夏白朮天麻湯の場合は,どちらかといえば持続的であまり激しくない頭痛でありますが,呉茱萸湯の場合は発作的に起こる激しい頭痛であります。
五苓散:五苓散は口渇,尿利の減少など水の代謝異常に関連して起こる諸症状に広く用いられます。したがって腎炎,ネフローゼ,周期性嘔吐,二日酔,嘔吐や下痢を伴う感冒などの場合に広く用いられますが,呉茱萸湯のところで申しましたような偏頭痛にも用いられます。この場合,水の代謝異常を思わせるような症状の存在が,一応の目標となりますが,この両者の鑑別は現実にはそれほど容易でないことは,先ほど申しあげた通りであります。五苓散の場合はまた,てんかんにも有効であるといわれております。発作性にくるという点で,偏頭痛と何か似たような要素があって面白く思われます。また緑内障による頭痛にもよいということがいわれております。てんかんや,緑内障には,水の代謝に関係のあるダイアモックスがよく使われるということと関連して興味深く思われます。今後この方面の研究が待たれるわけであります。二日酔による頭痛も水がからんでくるように思われますが,有効であるという多くの報告がなされております。
桂枝人参湯:これは人参湯という処方のなかの甘草の量を増し,桂枝を加えたものでありますが,胃下垂や胃アトニーがあって食欲が進まず,下痢の傾向のあるという人参湯証に,頭痛,発熱,悪風などの桂枝の証が加ゎったものであります。しかし発熱,悪風というものは必ずしも存在しなくてもよいのでありまして,一般には虚弱体質で,慢性の胃腸障害のある人で,常習性の頭痛を訴えている場合によく使用されるのであります。こういう点では半夏白朮天麻湯証とよく似ておりますが,胃腸症状,頭痛ともに桂枝人参湯の場合の方がより顕著でありますが,頭痛の方は半夏白朮天麻湯の場合はあまり強くありませんで,慢性に経過する場合が対象となっているように思われるのであります。
釣藤散:老人で,早朝に起きた時に頭痛を訴えるというものを第一の目標といたします。高血圧症のある場合が多く,脳動脈硬化症の存在を思わせます。頭痛のほかに,めまい,肩こり,不安,眼球結膜の充血などがみられることが多く,時に心窩部のつかえ,食欲不振などもあります。同じく釣藤を含んでおります抑肝散との鑑別が問題になりますが,抑肝散の方は,元来は小児の疳症の薬として開発されたものであるというところに特徴があります。
抑肝散:今申しましたように, これは元来は小児の疳症の薬として作られたものでありますが,現在では年齢には関係なく,不安,不眠,頭痛,動悸など,多彩な訴えを持つ人に広く使われております。漢方の理論で,肝の気が元ぶると怒りやすくなるといわれておりますので, このような薬方名がつけられたのだと思います。本方の腹証としては,左側の腹直筋の緊張がいわれておりますが,右側,あるいは両側がそれぞれ緊張していることもあります。また肩こり,背中の張り,頸のこりを訴えることも多く,その顕著な場合には芍薬,あるいは芍薬,黄連の加味を行なうこともあります。また臍のそばに腹大動脈の拍動を強く触れることがあり, この場合には陳皮,半夏などがしばしば加味されます。
大柴胡湯:この場合は体格ががっちりしていて,肥満症で便秘があり,腹が出ているというような,漢方で実証といゎれる体質の人に頭痛あるいは頭重が起こった場合に使われます。高血圧症,胆石症,痛風などを伴う場合が多く,肩こり,季肋部の圧迫感などを同時に訴えることがしばしばあります。腹証としては,左右の一側,あるいは両側の肋骨弓の下部の圧迫感と抵抗,あるいはそこの圧痛,つまり漢方でいう胸脇苦満という現象があるのが目標となります。
柴胡加竜骨牡蛎湯:大柴胡湯と同じように,柴胡剤でありますので, この場合も実証体質,胸脇苦満などの症状がありますが,この場合ではとくに頭痛,動悸,不安,不眠などが顕著な時に対象となります。処方の中に,桂枝,竜骨,牡蛎などの,いわゆる漢方でいう気剤というものが含まれていることが,大柴胡湯との違いであります。
大承気湯:大承気湯の場合は,腹部が全体に膨隆し, しかも頑固な便秘がある場合でありまして,かつては急性熱病の極盛期にしばしばこの証が見られましたが,現在では急性熱病の経過中に使うことは稀になりました。私が最近経験した例では,老人性うつ病とみられる小ぶとりの男性で,非常に頑固な便秘と,頭痛,不眠などがあるうつ状態の患者で,付添の人に同伴されて来られ,この方はほとんど話をせず,付添の方がお話になったのですが, この方に大承気湯を与えましたところ, 2週間後に来院された折には,前と打って変ゎって元気にお話しをなさいました。また顔の表情が豊かになったことに驚いたのであります。承気という言葉は,気をめぐらすという意味でありますので, もともと精神状態の改善に作用しても当たり前なのかも知れません。
桃核承気湯:これも承気湯の1種でありますが, この場合はほとんど女性が対象となっております。体格が頑丈で便秘があり,主に性周期の異常に関連して頭痛,不眠,興奮などの精神神経症状を訴えます。腹証としては右の腸骨下の抵抗触知と,同じ部分の擦過痛(手を指先で触れた場合に痛みを感ずる)というものがありまして, これを漢方では小腹急結と呼んでおりますが,いわゆる瘀血の腹証と理解しております。
加味逍遥散:この処方も同じように女性の性周期の異常に関連して起こる頭痛,不眠などの精神神経症状が目標となりますが, この場合はむしろ虚弱体質で,冷え症の人が目標となります。腹証としては,軽度の胸脇苦満を見ることがありますが,腹壁は一般に軟らかく,いわゆる瘀血の腹証はないか,あっても軽度であります。前に30才くらいの主婦の方できゃしゃな体格の方がいらっしゃいましたが,非常に強い頭痛,不眠に悩まされておられまして,脳がワサビの汁に浸っているようだという形容をした方がありました。この方にいろいろな処方を試みましたが無効でありまして,最後に本方に転方したところ,久しぶりに晴々した,自信がついたと喜ばれたことがありました。
黄連解毒湯:これは,いわゆる陽の実証の人で,のぼせ,不眠,不安,顔面紅潮,鼻血などとともに頭重ないし頭痛を訴える場合が目標であります。高血圧症,神経症,更年期障害などに伴って起こることが多く,また大酒家の不眠や,常習頭痛にも有効であります。お酒を飲む前に黄連解毒湯,あるいはこの丸剤である黄解丸を飲んでおくと,悪酔いを予防することができるといわれております。この処方の類方であります三黄瀉心湯にも同じような効果があるといわれております。
当帰四逆加呉茱萸生姜湯:これは寒冷が原因とみられる頭痛が目標となりますが,呉茱萸湯,五苓散の対象となるような偏頭痛が,この処方でよくなることがしばしばあります。この場合,今あげました2方との鑑別は必ずしも容易ではありません。とくに呉茱萸湯との鑑別はむずかしく,強いて申しますと,冷えという要素がより強い場合が本方の適応といえると思います。本方は元来,いわゆる疝気といわれる腹痛を第一の目標とするもので,手足は冷たく,脈は沈んで細く,今にも絶えそうな状態といわれております。
顔 面 痛
次に顔面痛について申しあげます。顔面痛の代表的なものは三叉神経痛で, この場合は顔面片側の三叉神経支配域に数秒~数分に及ぶ激痛発作があり, これが繰り返されます。ほかに稀に舌咽神経痛があります。しかし臨床上もっともしばしば遭遇するのは外科,皮膚科,耳鼻科,口腟外科等の諸疾患に関連して起こる非定型的な顔面痛であります。これらの疾患につきましては,それぞれの専門領域に確実な治療法があればそれに従うべきでありますが,確実な治療法がない場合には, これらの専門家と協力したり,あるいは漢方単独で治療に当たらねばならないことも少なくありません。
顔面痛の主な薬方
次に顔面痛に用いられる主要漢方薬方について説明いたします。この場合にも葛根湯が使われますが,葛根湯は三叉神経痛の発病の初期に有効であります。体格は先ほど申しました通り,中等度以上で,脈に力があるという場合であります。また葛根湯は三叉神経痛以外に,帯状疱疹とか,虫歯に随伴して起こる歯の痛みなどにも使われます。先ほど申しましたように副鼻腟炎の場合にも使われますが,その場合には前に述べました注意事項をよく守って使うとよいと思います。
桂枝加苓朮附湯:これは『傷寒論』に桂枝加附子湯という処方がありまして, これに関連して桂枝加朮附湯,桂枝加苓朮附湯と非常に似た処方が三つあります。この三つの処方はほぼ同じ目的のために使われますが, ここでは桂枝加苓朮附湯を取りあげてみます。これは吉益東洞の作った処方ですが, この処方の目標は,葛根湯の場合と違い,虚弱体質で冷え症であるという方の顔面痛,三叉神経痛を含めて,広く顔面痛に使われます。桂枝加苓朮附湯を別の方面からみますと,このなかには真武湯の要素が入っていますので,そのことも考慮に入れてお使いになるとよいと思います。
清上蠲痛湯(せいじょうけんつうとう):これは日本でいう後世方の処方でありますが,あらゆる頭痛に効くといわれております。私の最近の経験を申しますと,歯を16本抜いたあとの激しい痛みの患者さんに,いろいろな処方を与えましたが無効でありまして,最後に清上蠲痛湯を与えて,初めてものが食べられる, しゃべれるという状態にまで回復して喜ばれたことがあります。
葛根黄連黄芩湯:これは昔から歯の痛みに効果があるといわれておりますが,副鼻腔炎の場合の痛みにも有効であります。この場合は肩や頸などがこります。『傷寒論』の条文には下痢ということも書いてありますが,下痢ということはこの場合あまり間題になりません。むしろ場合によっては,大黄を加味したらかえってよいという時もあるほどであります。
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